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「顕意」の版間の差分

提供: 新纂浄土宗大辞典

 
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2018年3月30日 (金) 06:23時点における最新版

けんに/顕意

暦仁元年(一二三八)—嘉元二年(一三〇四)五月一九日。房号道教、公空と称す。薩摩国島津の医集院いじゅい忠経の子。初め太宰府原山の聖達せいだに入門、聖恵と名乗った。のちに上洛して立信に師事。『観経疏楷定記』『当麻曼荼羅聞書』をはじめ著述は一〇〇巻を超え、西山流深草義を大成した「記主」と尊称される。嵯峨清凉寺、同竹林寺、同薬師寺などに住す。晩年、今出川女院(亀山天皇后)の帰依を得て、師跡の深草真宗院しんじゅういん五世となった。


【参考】『顕意上人全集』(浄土宗西山深草派宗務所、二〇〇三)


【執筆者:稲田廣演】