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道遍

提供: 新纂浄土宗大辞典

どうへん/道遍

一二~三世紀頃、生没年不明。俗姓は石川氏。法名は道偏(または道弁とも)。渋谷七郎、石川禅門(または石川入道)と称された。法然帰依した関東武士。『西方指南抄』には「聖人根本の弟子なり」(昭法全五〇七)と記す。出身は相模国高座郡渋谷荘石川郷。道遍が俗姓を渋谷とも石川とも称したのはその出身による。『四十八巻伝』二五の大胡太郎実秀の父隆義の書状を取り次いだという記述には無理があり、『翼賛』の建久四年(一一九三)に熊谷直実入信のうわさを聞いて上洛入門したとする考証が穏当である。長く京都にいて法然に近侍し、嘉禄三年(一二二七)法然の遺骸を嵯峨に移すとき警護をした。


【資料】『四十八巻伝』二五、『西方指南抄』、『翼賛』二五、五五


【執筆者:小此木輝之】