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理本

提供: 新纂浄土宗大辞典

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りほん/理本

—正長元年(一四二八)六月三日。高蓮社良栄。俗姓は石川氏。名越派の基礎を確立した学僧。陸奥国磐城岩前郡小河村(福島県いわき市)の生まれ。幼くして両親を失い、良尊喜円を師として剃髪し、のちに同楢葉郡折木(福島県双葉郡広野町)成徳寺開山良天聖観に師事して修学し、名越派の奥義を授かった。そして、諸国遊歴の後、成徳寺二世となるが、あとを良寂に託して応永(一三九四—一四二八)の始め頃下野国芳賀郡船橋郷(栃木県芳賀郡益子町)に至り虎渓院を建立し、応永九年(一四〇二)領主大沢八左衛門尉の帰依を得てこの地に大沢山虎渓院円通寺を開創。理本は、聖冏とも親交があり、白旗・藤田の両流義にも精通していたため、聖欽や隆本など多くの門弟が参集した。また、寺内に大沢文庫を設けて研究に役立てた。弟子の養成の傍ら、『往生論註記見聞』五巻をはじめ『往生礼讃私記見聞』『観念法門私記見聞』『般舟讃私記見聞』『法事讃私記見聞』『安楽集私記見聞』『無量寿経鈔見聞』『観経疏伝通記見聞』等多数の書を著した。これらは後世大沢見聞」「良栄見聞」「栄見聞」などと呼ばれ重要視された。その後円通寺檀林として発展していった。


【資料】「円通寺文書」(栃木県史編さん委員会編『栃木県史』史料編・中世一・五、栃木県、一九七三・一九七六)、『鎮流祖伝』四(浄全一七)


【参考】栃木県史編さん委員会編『栃木県史』通史編・中世(栃木県、一九八四)、玉山成元「名越派とその叢書」(続浄一〇解題)


【執筆者:𠮷水成正】