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浄土の勝劣

提供: 新纂浄土宗大辞典

じょうどのしょうれつ/浄土の勝劣

阿弥陀仏浄土報土化土か、という勝劣の義論。中国において隋代の浄影寺慧遠智顗吉蔵などによって論じられている。誓願修行の結果できた国土報土)とみなすか、衆生教化のために化現した国土化土)とみなすかという浄土観は、西方浄土の勝劣を判ずることにもつながる。阿弥陀仏浄土凡夫往生する浄土とすればその浄土は事浄麤国そこく化土であり、報土とすれば地上の聖人しか往生できないとする。前者は隋代の諸師の解釈によるものであり、後者は『摂大乗論』の浄土観によるものである。したがって『摂大乗論』の学者は念仏別時意の説ともかかわり、阿弥陀仏浄土報土と認めるのであるが、凡夫往生は認めず、また迦才などは報化の二土に通ずと考え、化土往生凡夫とし、報土往生するのは地上の聖人とする折中説を述べている。このように凡夫往生を許す浄土は低く、劣であるのに対し、浄土を高く評価し、勝と為すものは凡夫往生を許さないのであるから、三者とも凡夫報土往生を認めていないのである。これに対して善導曇鸞道綽の説を踏まえながら、『無量寿経』に説く法蔵比丘修行時代(因位)に四十八願をおこし、「若不生者不取正覚」と誓い、成仏したというのは酬因感果身であることを顕すものであるとし、浄土得道をもって報身となすという『大乗同性経』の説を経証として阿弥陀仏浄土報土とし、しかも本願他力念仏行によって、その報土凡夫往生できることを説き、阿弥陀仏本願聖意を開顕した。この古今楷定ここんかいじょうの説こそ弥陀浄土の勝の義をあらわしたものである。


【参照項目】➡報土化土古今楷定


【執筆者:金子寛哉】


阿弥陀仏西方極楽世界弥勒菩薩兜率天との勝劣の論争のこと。中国で弥勒信仰が見られるのは早い時期に属する。しかしそれらの多くは断片的で、弥陀信仰との対比は見られない。この両者を対比したのは吉蔵の『観経義疏』(浄全五・三三一下~三上)の説が最初であろう。そこでは弥陀は大乗、弥勒は小乗、弥勒娑婆三界内、弥陀浄土はるかに異なる、とする。しかし吉蔵にはどちらが勝れ、どちらが劣るという意識は無かったようである。道綽は『安楽集』第二大門第二「明破異見邪執」(浄全一・六八一下)の項でこのことを取り上げ、退不退、寿命の長短などの四種の義をもって西方の勝、兜率の劣を指摘した。ここでは明らかに弥陀信仰の立場からその勝れた点を主張している。これに対して善導は『観経疏定善義のなかで、「諸仏出世して種々に方便を以て、衆生勧化したまうことは、ただ悪を制し福を修して人天の楽を受けしめんと欲するにあらざればなり。人天の楽は、なおし電光のごとし、須臾しゅゆにすなわち捨て還って三悪に入って、長時に苦を受く。この因縁って、ただ勧めて、すなわち浄土に生ぜんことを求めしめ、無上菩提に向わしむ」(聖典二・二五二/浄全二・四〇上)といっている趣旨から三界内の兜率天など問題にしていなかったと察せられる。しかし、唐時代にはこの問題が多く論じられ、迦才は『浄土論』下(浄全六・六六二下)において浄穢について一〇種の異、往生の難易について七種の別を指摘し、龍興は『観経記』において修因難易について四別、得果優劣について四異をかかげ、懐感は『群疑論』四(浄全六・五四上~八上)において優劣について一二義を出し、所修の行について十五同八異をあげ、『十疑論』第七疑(浄全六・五七四下)にもこれを取り上げ、いずれも西方の勝なることを主張している。日本においても源信は『往生要集』第三大門に、源隆国は『安養集』一にそれぞれこれを取り上げ、法然は『選択集』六の私釈段において「兜率西方二教住滅の前後とは、いわく『上生』、『心地』等の上生兜率の諸経は先に滅す。故に経道滅尽せんにという。往生西方のこの『経』ひとり留まる。故に〈止住百歳〉という。まさに知るべし兜率は近しといえども縁浅く、極楽は遠しと言えども縁深し」(聖典三・一三四/昭法全三二六)と判じている。


【参照項目】➡兜率西方勝劣


【執筆者:金子寛哉】


西方極楽浄土十方浄土の優劣。道綽は『安楽集』第二大門第二「明破異見邪執」(浄全一・六八一下)の項においてこの問題を取り上げ、難易の観点に立って西方は専意ならしめんがために、浄土は初門なるが故に、境次相接きょうじそうしょうするが故にという三由をあげ、さらに第六大門第一において西方をもって娑婆有縁の故に、願じて西方を取るが故に、韋提希の別選の故に、という三証をあげ、西方の勝なることをあかしている。善導は『観経疏序分義において、「夫人すべて十方の仏国を見るに、並にことごとく精華なれども、極楽荘厳に比せんと欲するに、全く比況に非ざることを明す。故に〈我今安楽国に生ぜんことをねがう〉と云う」(聖典二・二二四/浄全二・二八上)と、韋提希の別選を指摘し、また懐感は『群疑論』五において、説くことありと言えども勧めることなし、勧めることあるも機なし、勧文つぶさならずの三義をかかげ、また『十疑論』は第三・四疑においてこの問題を取り上げ、いずれも西方をもって勝としている。日本にあっては源信は『往生要集』第三大門において、源隆国は『安養集』一においてそれぞれこの問題に言及し、法然は『選択集』六の私釈段において「十方西方二教住滅の前後とは、謂く十方浄土往生の諸経、先に滅す。故に〈経道滅尽〉と云う。西方浄土往生のこの『経』ひとり留まる。故に〈止住すること百歳〉と云う。まさに知るべし。十方浄土機縁浅薄にして、西方浄土機縁深厚なり」(聖典三・一三三/昭法全三二六)と判じている。


【参照項目】➡十方浄土極楽浄土の勝劣


【執筆者:金子寛哉】