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「往生論註」の版間の差分

提供: 新纂浄土宗大辞典

 
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2018年3月30日 (金) 06:21時点における最新版

おうじょうろんちゅう/往生論註

二巻。具さには『無量寿経優婆提舎願生偈婆藪槃頭菩薩造並註むりょうじゅきょううばだいしゃがんしょうげばすばんずぼさつぞうならびにちゅう』といい、『無量寿経論註』『往生浄土論註』『浄土論註』『論註』とも略す。曇鸞著。『往生論』の注釈を通じて、『無量寿経』の本願思想や『観経』所説の臨終十念説に基づき浄土往生の実践を勧め、往生並びに仏身仏土論等を空思想の上に位置づけ、独自の浄土教思想を開顕したもの。

本書の思想的な特徴として、第一に「難行道・易行道」がある。この思想は本書の冒頭に、龍樹十住毘婆沙論』易行品を引用した後に述べられるもので、世の中や人の心が乱れ(五濁ごじょくの世)、仏のいない時代(無仏の時)において、自らの力で阿毘跋致あびばっち成仏)を獲得するのは、他力等によっていないために難しいとし、一方で、仏を信ずる因縁をもととし、阿弥陀仏本願力他力)によって、その浄土往生し、その土において阿毘跋致(成仏)を獲得することが可能になるとしている。このうち前者を難行道とし、「陸路の歩行ぶぎょう」に譬えられるように、自力による成仏の獲得を実現するものとするのに対し、後者を易行道とし、「水路の乗船」に譬えられるように、他力増上縁として往生後に成仏の獲得を実現するものとしている。それを踏まえ曇鸞は、阿弥陀仏本願力他力)によって往生を得て、その浄土において悟りを得ることを、易行道の教説のなかで勧めている。この教説は、『往生論』の説示を一々引用しながら解釈する逐文解釈形式を取る本書において、それとは無関係に述べられる特異な箇所であり、曇鸞の教説のなかでも重要な位置を占める。

第二の特徴は、第一の特徴とも関連するが、浄土教理史上において初めて阿弥陀仏本願に着目した点である。曇鸞は『無量寿経』の四十八願のうち、特に第十八、十一、二十二願を重視し、往生から悟りへと至るまで、いずれにおいても阿弥陀仏本願の存在をその論拠としている。曇鸞がこの本願に着目した背景には、すでに難行道の説示のなかで確認したとおり、世の中や人の心が乱れ、また仏もいない時代においては、自らの力のみで悟りを求めても得られないとの時機観がある。

第三の特徴は、時代的制約から生まれた思想の特異性である。『往生論』は唯識の大成者であった世親の著であるが、曇鸞当時、必ずしも世親著作の漢訳が完備している状況とはいえなかった。それ故に、唯識思想的理解の欠如、および曇鸞が長年修学を重ねた四論(中論・百論・十二門論・大智度論)等の空思想に立脚しながら、思想的な解明がなされた。また、空思想の理解において、いわゆる格義仏教と称される中国的な解釈も垣間見られる。例えば「無相の故によく相ならずということなし」(浄全一・二五〇下)や、「無知の故によく知らずということなし」(浄全一・二五〇下)との理解は多分に老荘的であり、鳩摩羅什門弟四哲の随一である僧肇そうじょうの影響。さらに中国固有の民間信仰浄土教信仰への導入も無視できない。例えば奪算説を信ずる社会を背景として一生造悪の下下品の機をとりあげ、彼らは臨終に無量寿仏と漢訳した仏名を称したことによって生死を超え、往生を得ると説き、名体不離説において名号を、禁呪の音辞を通じてその功用を説明している。しかし、一面として浄土教を中国人の宗教として定着させる大きな役割を果たしたともいうことができる。

その他、二種法身説、名号論、往相回向・還相回向などにも、思想的な特徴をみてとることができるが、それらはいずれも、曇鸞の特異な視点や時代的な制約のなかから生まれたものであり、独自の宗教世界を構築する大きな要素となっている。

本書は後世、中国において道綽安楽集』に大きな思想的影響を与えた一方で、善導本願論、名号論の影響を受けてはいるものの、その思想が積極的な形で援用された形跡をみることはできない。それのみならず、『往生論』が比較的後代まで影響を及ぼしたのに対して、本書は伝智顗十疑論』、基『法華玄賛』に引用されて以降、その伝歴でさえ明らかでなく、後代の永きにわたって大きな影響を与えたとはいえない。一方、日本においては天平二〇年(七四八)に書写されて以降、元興寺智光の『無量寿経論釈』をはじめ、源信往生要集』、源隆国『安養集』、永観往生拾因』、珍海決定往生集』、法然選択集』、親鸞教行信証』等の諸著書などに引用され、または思想的な影響を与えており、とりわけ親鸞に至っては、自身の名に曇鸞の名の一部を加えていることが象徴するように、大きな影響を与えた。

現存する写本は、平安期書写の金剛寺本、鎌倉初期書写の宝珠院本(上巻のみ)があり、刊本は本願寺本(いわゆる親鸞加点本)、室町中期の常満寺本、寛永七年(一六三〇)版、明暦四年(一六五八)版、寛文九年(一六六九)版、貞享三年(一六八六)版、元禄一〇年(一六九七)版、寛政一一年(一七九九)版等がある。注釈書として良忠往生論註記』五巻、道光往生論註略鈔』二巻、同『往生論註拾遺鈔』三巻、良栄理本往生論註記見聞』五巻、聖聡往生論註記見聞』一〇巻、伝秀『往生論註精華集』、輪超論註捃詒くんい書』二巻、雲洞往生論註正義』二巻、同『往生論註正義叙説』一巻、賢洲浄土論註研機鈔』二巻、浄音論註刪補鈔』一二巻、尭恵『往生論註私集鈔』七巻、南楚『往生論註随聞記』五巻、円空往生論註私記』七巻、知空『往生論註翼解』九巻、恵然『往生論註顕深義記』五巻、深励『註論講苑』一二巻などがある。このうち良忠往生論註記』は注釈書としては最古のものである。


【所収】浄全一、正蔵四〇


【参考】藤堂恭俊『無量寿経論註の研究』(仏教文化研究所、一九五八)、藤堂恭俊他『曇鸞・道綽』(『浄土仏教の思想』四、講談社、一九九五)、早島鏡正他『浄土論註』(『仏典講座』二三、大蔵出版、一九八七)、蓑輪秀邦『解読浄土論註』(東本願寺出版部、一九八七)、論註研究会編『曇鸞の世界—往生論註の基礎的研究—』(永田文昌堂、一九九六)、石川琢道『曇鸞浄土教思想論』(法蔵館、二〇〇九)


【参照項目】➡往生論難行道・易行道自力・他力五念門往相回向・還相回向広略相入二種法身


【執筆者:石川琢道】