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康僧鎧 - 版の履歴
2024-03-29T10:15:10Z
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Seishimaru
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2018年3月30日 (金) 06:23に192.168.11.48による
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[[三世]]紀頃、生没年不明。康居国(現在のウズベキスタンを中心とする地域)出身。[[僧伽]]跋摩と音写され、これはおそらくⓈSaṃghavarmanに対応すると考えられる。『[[高僧伝]]』一の曇柯迦羅伝の附伝によると、曹魏の嘉平年間(二四九—二五四)の末に[[洛陽]]に来て、『郁伽[[長者]]所問経』一巻・『[[無量寿経]]』二巻など四部を漢訳したという。伝記や経典目録では「外国[[沙門]]」「[[天竺]][[三蔵]]」などと記されるが、僧名に「康」が冠されていることから、康居国の出身と考えられる。なお八世紀の『開元釈教録』以後は、『曇無徳律部雑[[羯磨]]』一巻も[[康僧鎧]]の漢訳として入蔵されるが、その真偽については確証がない。また『[[無量寿経]]』についても訳語語彙からして、現在では[[康僧鎧]]訳ではないとする説が有力である。<br />
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【参考】坪井俊映『浄土三部経概説(新訂版)』(法蔵館、一九九六)、藤田宏達・櫻部建『無量寿経 阿弥陀経』(『浄土仏教の思想』一、講談社、一九九四)、藤田宏達『浄土三部経の研究』(岩波書店、二〇〇七)<br />
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【参照項目】➡[[無量寿経]]<br />
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【執筆者:齊藤隆信】</div>
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