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金田戒定

提供: 新纂浄土宗大辞典

かねだかいじょう/金田戒定

安政六年(一八五九)五月六日—昭和九年(一九三四)一二月一九日。三蓮社学誉痴慧阿無文。近代浄土宗布教界の重鎮で、布教講学に尽くした。大阪市北区北森町、楊谷吉定の次男として生まれ、慶応三年(一八六七)同町知源寺住職金田常全に師事して得度し、後に養子となる。明治八年(一八七五)増上寺にて伝宗伝戒を相承し、同一六年京都府綴喜郡大住村(現・京田辺市)両讃寺住職となる。昭和三年(一九二八)土川勧学宗学興隆会理事長に就任、同六年六月には会として原澄著『五重本末講義』(土川勧学宗学興隆会)を出版している。同九年京都府八幡市青林庵(現・青林院)にて没した。世寿七五歳。著書に『説教帷中策続編 第二輯』(法蔵館、一八九四)がある。


【執筆者:宮入良光】