操作

疑偽経典

提供: 新纂浄土宗大辞典

ぎぎきょうてん/疑偽経典

訳経目録における分類概念の一つ。疑経偽経ともいう。インド、中央アジアの諸言語から漢訳された経典を真経、正経とするのに対し、中国において仏説に擬し撰述(編集)された経典に対する貶称。朝鮮、日本において撰述された経典に対しても用いられる。僧祐『出三蔵記集』所収「安公疑経録」により、道安『綜理衆経目録』に既に真経・疑経という価値判断が行われていたことが窺える。以降、『歴代三宝紀』所収「衆経別録」に一七部二〇巻、『出三蔵記集』新集疑経偽撰雑録に四六部五六巻、『衆経目録』(仁寿録)に二〇九部四九一巻、智昇『開元釈教録』に四〇六部一〇七四巻、円照貞元新定釈教目録』に四〇七部一五一〇巻の載録をみる(これらの真疑判定が全て正しいわけではない)。ただし『開元釈教録』入蔵録では疑経四〇六部を排除したため、以降、大蔵経に編入されることはなく、そのほとんどは散逸することとなる。現在、敦煌文書より発見された五六点が『大正新脩大蔵経』八五巻に、八五巻未収録の三〇点が牧田諦亮疑経研究』に、二一点が牧田諦亮監修・落合俊典編『七寺ななつでら古逸経典研究叢書』に紹介されている。牧田『疑経研究』は、これら疑経の撰述意図を、①主権者の意に副わんとしたもの②主権者の施政を批判したもの③中国の伝統思想との調和や優劣を考慮したもの④特定の教義信仰を鼓吹したもの⑤現存した特定の個人の名を標したもの⑥療病迎福などのための単なる迷信に類するもの、の六種に分類し、正統的、体制的仏教とは異なる思想や行儀、通俗的信仰が窺える疑経が、中国における生きた信仰の様相を解明するための有効な資料であることを提唱している。長西長西録』偽妄録では疑経七点を載録している。江戸時代の学僧、巌的『血盆経和解』には『血盆経』は偽経だとする非難に対し「タトヒ偽経タリト云フトモ、正直ニシテ如来ノ金言ニ背カズンバ、是レヲ用ルニ何レノ不可アランヤ」と真疑判定に拘泥せず、その内容を問題とすべきであるとの見識が窺える。


【参考】牧田諦亮『疑経研究』(京都大学人文科学研究所、一九七六)、牧田諦亮監修・落合俊典編『七寺古逸経典研究叢書』一~六(大東出版社、一九九八、四巻に菊地章太「疑経研究文献目録」を収録)


【執筆者:落合俊典】