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忠恩寺

提供: 新纂浄土宗大辞典

ちゅうおんじ/忠恩寺

長野県飯山市大字飯山字寺の前。松寿山正覚院。長野教区№一〇。開山は久蓮社貞誉。古くは、上杉景勝の家臣島津忠直の牌所である。景勝が奥州会津に移る際、忠直も共に移り、貞誉も共に行き、跡を光誉に譲る。永禄三年(一五六〇)後の城主関一政が飯山移封の際、光誉所住の寺を長沼から飯山に移し忠恩寺を再興する。その後、飯山城主松平忠俱の菩提寺となり、特に本多氏の菩提寺として繁栄する。また、当寺は触頭ふれがしら職として、知恩院増上寺の両方の触頭に任命される。


【資料】『蓮門精舎旧詞』二六(続浄一八)、『浄土宗寺院由緒書』中(『増上寺史料集』六)


【参考】宇高良哲「浄土宗の触頭制度について」(『法然浄土教の綜合的研究』山喜房仏書林、一九八四)


【執筆者:兼子道雄】